黒 BUTLER SEBASTIAN AND CIEL PLASTIC FILE FOLDER (5 PCS PACK) フィギュア おもちゃ 人形 62c42yjqv9471-おもちゃ

当日も怪しげな物販ブースはそんなに賑わってはいなかった

CHIPS WITH EVERYTHING

a movie diary since 2001

「太宰治の辞書」

北村 薫
新潮社
コメント:「円紫さんと私」シリーズの20年以上ぶりの最新作。前作では卒論を書いていた<私>も母として、中堅の編集者としてしなやかに生きている。前作六の宮の姫君に続いて、太宰治の謎を紐解く。

二十数年ぶりの新作だ。読み切りのシリーズものはいわゆる「最後の事件」がない限り、なかなか続編をあきらめられない。文系のちょっと凝り性の私が安楽椅子探偵たる落語家の円紫師匠に相談に行く「円紫さんと私」シリーズもその一つだ。大学生になった私がさまざまな日常の謎を時には傷つきつつ成長していく物語は、前作「六の宮の姫君」では卒業論文を書き、バイト先の出版社に就職した。それから20年。母になった彼女の日常は相変わらずだ。
久しぶりに文学の謎を解く、北村薫らしい小説だがどうも読者の感想は賛否両論のようだ。確かに推理小説としてはこちらにヒントがあまり提示されないし、偶然で情報が知らされる展開も多い。魅力的なキャラクターである円紫師匠も親友の正ちゃんの出番も少な目で、このシリーズの最初のころの日常の謎を解く連作ミステリとしてはいささかバランスが悪いと思う。それでも、読んだ後「ああ、なんと幸せなものを読んだのだろう」と思ってしまう何かをこの本は持っているように思う。本好きの人のための小説なのだ。
奇しくも昨日は桜桃忌。太宰の魅力を満喫する「私」の物語について、私も語ってみようと思う。
※すっかり「朝霧」が頭からぬけてました。正しくは17年ぶり?
フィギュア:東方プロジェクト 橙(1/8スケールPVC塗装済み完成品) 【実は太宰は好きじゃないのだが】

この本は一応中編連作のような形で、「花火」「女生徒」「太宰治の辞書」の三部作になっていて、辞書だけが書下ろしで最初の2編はそれぞれ雑誌に単独で掲載されたのが初出だ。花火では芥川作品についての三島の発言にひっかかった「私」がなぜそんな間違いが起きたのかを調べはじめて、それが女生徒に出てくる「ロココ料理」につながり、そしてこの言葉が辞書につながる。実をいえば私はあんまり太宰が好きじゃない。こういうと、お好きなかたはわかってないなあ、ってな顔をされるのだが、ほんとになんか合わないのだ。読めないことはないし、何冊か読んでいるのだがあの言い訳がましいようで露悪的なあの書きっぷりが性に合わないのだ。
それでもなお、このストーリーは魅力的で、うっかり久しぶりに太宰を手に取ってしまうくらいだ。芥川が書いたエンディングが再録された時には修正されていること、そのころの三島の芥川と太宰の評価、太宰の妻の手記や書評類など、これは自分で読んで、自分の中にその世界を構築したいと思わせるたくさんの資料とその指し示すものが出てくる。たぶん単品でこれらのものを読んでも、こんな風に関係づけることはできない。これは北村薫が読み込んで織上げた世界なのだ。だからこそ、自分がそれらを読んだ時、また新しい自分なりの世界が作れるんじゃないかと錯覚してしまう。もちろんできないことはないが、その時代の小説、作家の来歴を含んでの世界観だ、そう簡単にはいかない。でも、私なりに謎を解いてみたい!と思わせる推理小説なんてそうはないと思わない?

【みんな大人になった】
FyrFlyz NYTFYR Series Cyclone and 青 Angel - Set of 3 フィギュア ダイキャスト 人形
冒頭に書いた通り、文学部の学生だった「私」も母になった。その時の流れが、さりげなくいろいろなところに潜んでいて、変わらない「私」に安堵し、円紫師匠に謎を解いてもらうのではなくて、話をしに行く姿に彼女の成長と時の流れを感じるのだ。なんだろう、中学生の男の子がいるお母さんなのだけれど、自分の興味のための時間をとるのにためらわず、それが自分だと家族に甘えられる状態、幸せなのだろうなあと思う。そのへんは生活臭のない世界ではあるのだけれど。
シリーズの長年のファンからすれば、やはり正ちゃんと師匠の出番が少ないのはちょっと不満を持つところ。でも正ちゃんにまわってきたこんなセリフは、彼女が単なる脇役じゃないってことを見せている。

「変なもんだね。若い頃だったら、まず《ちゃんと返せよ》っていったのに。―でも、この年になると違うな。自分の好きだった本が、友達のうちにずっと置いてあるのも、悪いことじゃない」


【オリジナルとは?】

3篇の謎は、オリジナルとはなにか、という話が繰り返し出てくるように思う。これは単に私が今興味を持っているから目についただけかもしれないけれど。花火のメインテキストである芥川の「舞踏会」の結末が、初出と単行本で違うこと。

作品の形は作者が決める。消したところまで読まれるのは迷惑だろう。しかし、見てしまえば意見はでる。

言葉の選び方ひとつで、その背景と意味するものが鮮やかに変わってしまう。読んでいるときそれを意識的に読み取っているかどうかはわからないけれど、ふと脳裏に描かれる情景にはそんな背景がにじみ出てしまうにちがいない。

「女生徒」は太宰のファンであった有明淑という女性が太宰に送ってきた日記をもとに書かれた作品である。まさにその作品の前にオリジナルが存在するわけである。とはいえ、

太宰治の愛読者である『有明淑の日記』が既に太宰的なのだ

Original Pocket Farkel Miniature Set (赤 Dice) フィギュア おもちゃ 人形 ともあり、オリジナルのありかはやはり雲をつかむようでもある。実際、作品ほとんどがその日記をもとに書かれており、意外に太宰自身の言葉は少ない。しかし、その一つ一つの言葉の選択は鮮やかに書き手の姿を垣間見せる。

そして円紫さんからの宿題である「太宰治の辞書」。女生徒が「ロココ」を辞書をひいて、引用した文章はいかにも太宰だが、とても辞書に書いてなさそうな文章だ。おそらく太宰はどこかからそれを拾ったのだろう。さてそれはどこからか。そうここでもオリジナルが問題になるのだ。

【このところ考えていたことが、なぜか関係のない人の口からこぼれるのだ】

推理小説としてはいかんのかもしれないけれど、北村薫の小説の中では、思わぬ人から考えていたことのヒントをもらうシーンや、偶然のひっかかりがよく出てくる。この話でも「私」が卒論に芥川と菊池寛について調べた前作「六の宮の姫君」が前提になっていて、芥川についての三島の話をした私に正ちゃんが連想した太宰の話を振る。こんな文学のつながりは、本好きにとってたまらない喜びだが、今回は読んでいる最中に、最近の自分の出来事(知人がちょうど作中に登場する朔太郎記念館に行ってきた、表紙の絵を描いている高野文子さんの個展にいったばかりとか)に引っ掛かりのあることが多くあって、そのシンクロっぷりも含めて楽しめた。
そうそう、高野文子さんは好きな漫画家さんなのに、ずーっとこのシリーズを読んでいたにもかかわらず今回初めて、表紙が高野さんの絵だと気が付いた。なんで気が付かなかったのか全くよくわからない。しかし、このシリーズはずっと創元推理から出ていたのだが、今回は新潮社からの出版だ。それでも高野さんの絵で表紙をそろえてくれたこと、そして新潮社らしく、作品中にでてくる小説の文庫の目録を文庫本のように入れているという遊びはとても嬉しかった。作中で北村さんも触れている「手に取ってめくれる本の醍醐味」が詰まった装幀である。
本好きの方にぜひ読んでいただきたい物語だ。

コメント

» この記事へのコメントを見る・書く

夢と魔法と冒険と言えばディズニー! アニメーションの素晴らしさもさることながら
管理者の承認待ちコメントです。
コメントする

» この記事へのトラックバックを見る

トラックバック

このブログの人気記事ランキング

JUGEMおすすめブログ